執筆者 弁護士 友弘克幸(大阪弁護士会所属/西宮原法律事務所)
残業代は1分単位で計算する
残業代(割増賃金)の計算は、何分単位でするのが正しいのでしょうか?
答えは、「1分単位で計算する」です。
よく、
「残業時間が15分単位で計算されていて、15分未満だと、残業しても残業代が出ない」
「残業時間が30分単位で計算されていて、30分未満だと、残業しても残業代が出ない」
といった話を聞くのですが、このような処理は違法です。
会社としては、実際に1分単位で計算するのは計算が面倒だ、と考えてそのような処理をしているのかもしれませんが、「15分未満切り捨て」「30分未満切り捨て」のような計算方法は認められていません。
残業代は、「1分単位」で計算して支払われなければなりません。
※なお、ネット上などで、残業代が1分単位で支払われることは「ホワイト企業」の特徴だ、などという記述を見かけることがあります。弁護士としては、「1分単位で残業が出るというのは本来は当たり前のことであって、特別に褒められるようなことでもないのだが・・・」と思いますが、逆に言えば、それだけ「1分単位で支払われていない」会社が多いということなのでしょう。
1分単位には「例外」がある?
ところで、そのような「1分単位の計算」の「例外」として、厚生労働省の通達(昭和63年3月14日基発第150号)に言及される場合があるのですが、この通達の位置づけには注意が必要です。
この通達では、「1か月における時間外労働、休日労働及び深夜労働の各々(おのおの)の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合には、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること」については、労基法24条・37条違反とは取り扱わないこととされています。
具体的には、使用者が例えば次のような処理をする場合です。
4月 時間外労働の合計が2時間18分だった → 30分未満を切捨て、「2時間」として割増賃金を計算
5月 時間外労働の合計が3時間45分だった → 30分以上を切上げ、「4時間」として割増賃金を計算
労働基準監督署を統括する厚労省が「労基法違反として取り扱わない」と言っている以上、厚労省が通達で示しているような処理をしている場合には、労基署から是正勧告を受けることはないはずですし、残業代の未払いがあるとして罰則を課される心配もないでしょう。その意味では、「例外」と言っても良いのかもしれません。
しかし、これはあくまで、労働基準監督署という行政機関がそのように取り扱う、ということを意味しているに過ぎないことには注意が必要です。
どういうことかというと、労働者が「割増賃金がきちんと支払われていない」として裁判所にゆき、民事訴訟を起こせば、判決を書くのはあくまで裁判所の裁判官であって、労働基準監督官ではありません。労働基準監督官が、「これは労基法違反ではないから是正勧告はしません」と判断したとしても、裁判所は民事訴訟の判決で「割増賃金が未払なので、支払いなさい」と使用者に命じることがありうる、ということです。
民事訴訟において、労働基準法の条文をどのように解釈するかを決めるのは裁判官であって、裁判官は行政解釈には拘束されません。
じっさい、東京地方裁判所の労働部で実際に事件処理にあたっていた裁判官らが書いた書籍(佐々木宗啓ほか編著「類型別 労働関係訴訟の実務」改訂版Ⅰ(青林書院・2021年)181頁)でも、「(行政解釈のような)労働時間数の端数の整理は、実体法上の権利として存在しているものを切り捨てることを意味するから、少なくとも労働者の同意がない限りは、端数処理の対象となった割増賃金の発生を障害したり、いったん発生した割増賃金を消滅させたりするものではないと解されるのであり、単に行政手続上、労基法違反の事実があるものとは取り扱わないというにすぎないというべきである。」と書かれているのです。
このことは、念頭においておく必要があります。
そもそも、厚生労働省の上記通達が出された当時(昭和63年)とは異なり、現在ではパソコンも普及しており、表計算ソフト(エクセル)など、便利なツールが色々と開発されています。
その意味では、使用者の計算の便宜(通達では「事務簡便」という表現が用いられています。)のために、「30分未満切捨て、30分以上切上げ」のような事務処理を行わなければならない実際上の必要性も、乏しくなっているように思います。
著名な労働法学者である水町勇一郎先生(東京大学教授)も、最近の著書(詳解労働法第2版・2021年)の中で、この通達について「労働者にとって不利な労働条件を強行的に禁止している労基法の性格、及び、情報技術の発展により端数処理も事務的に煩雑とはいえなくなっている今日の状況からすれば、端数を切り捨てる処理は労基法に違反すると解すべきであろう」と述べておられるところです。
塵も積もれば山となる
1日の「切り捨て」額は少額であっても、それが2年、3年と積み重なってゆくと、未払い額が相当な多額になっていることもあります。まさに「ちりも積もれば山となる」です。
残業代には時効がありますので、時間がたってしまうと、未払いがあっても請求できなくなってしまいます。(時効に関しては、詳しくはこちらをご覧ください。)
気になる方は、お早めに弁護士にご相談ください。
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執筆者情報
弁護士 友弘 克幸(ともひろ かつゆき)
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。