執筆者 弁護士 友弘克幸(西宮原法律事務所)
【大阪弁護士会所属。「残業代請求専門サイト」を運営しています。】
賃金単価を求める必要性
労基法上の割増賃金の計算式をごく単純化すると、
賃金単価 × 時間(時間外労働・深夜労働・休日労働をした時間)× 割増率
ということになります。
いわゆる法内残業(所定労働時間を超えるが法定労働時間は超えない残業)についても、通常「割増」はつきませんが、賃金単価を求める必要があることは同じです。
したがって、残業代の計算の上では、まず「賃金単価」を求める必要があります。
「賃金単価」というのは、要するに、「残業がない場合、この人は1時間あたりいくらの賃金を受け取っていることになるのか」という話だと理解しておけばよいでしょう。
賃金単価の求め方は、労働基準法施行規則19条というところに書かれているのですが、実は私自身、最初に読んだ時には
条文分かりづらい・・・この条文だけ読んでも意味が分からない・・・
と思った記憶があります。
そんな賃金単価について、今回はできるだけ分かりやすく、説明してみたいと思います。
まずは、「賃金の決め方は大きく2種類に分類できる」ことを理解する
賃金単価の具体的な計算に入る前に、まず、賃金の決め方は大きく次の2種類に分類できるということをおさえておきましょう。
ここをおさえておくと、賃金単価の計算式の「意味」が理解しやすいからです。
(1)労働した「時間」を基準に賃金を決めるもの
(2)労働によって生み出された結果・成果を基準に賃金を決めるもの(出来高払制など)
(2)労働によって生み出された結果・成果を基準に賃金を決めるもの とは、例えば契約件数・契約高に応じて定められる営業社員の歩合給(ぶあいきゅう)や、売上額の一定割合と定められたタクシーやトラックの運転手の出来高給(できだかきゅう)を指します。労基法施行規則では、「出来高払制その他の請負制によつて定められた賃金」(19条1項6号)という表現になっています。
賃金単価の決め方
さきほど述べた2種類のうち、まず、(1)労働した「時間」を基準に賃金を決めるもの について、賃金単価の求め方を説明します。
労働した「時間」を基準に賃金を決めるといっても、実際には、その「時間」の長さをどう設定するかによって、次のように分かれることになります。
①時間によって定められた賃金(時間給)
②日によって定められた賃金(日給)
③週によって定められた賃金(週休)
④月によって定められた賃金(月給)
⑤年によって定められた賃金(年俸)
なお、理屈上は、日・週・月・年以外の期間を設定する場合もできますが、実例が少ないため、ここでは横に置いておきます。
一般的には、パート・アルバイトは時間給(①)や日給(②)、週休(③)が多く、正社員は月給(④)や年俸(⑤)という場合が多いだろうと思います。
賃金単価とは、要するに「1時間いくら」という話
時間給の場合
上でも書きましたが、「賃金単価」というのは、要するに、「残業がない場合、この人は1時間あたりいくらの賃金を受け取っていることになるのか」という話です。
したがって、時間給の場合には、時間給がそのまま賃金単価になります。
日給の場合
日給額を1日の所定労働時間数で割ったものが賃金単価です。
所定労働時間が6時間で日給12000円なら、12000円÷6時間で、賃金単価は2000円です。
(なお、所定労働時間が8時間を超えていたらどうするのか、という問題はこちらをお読みください。)
週給の場合
週給額を1週間の所定労働時間数で割ったものが賃金単価です。
週の所定労働時間が20時間で週給3万円なら、30000円÷20時間で、賃金単価は1500円です。
なお、ある週と別の週で所定労働時間数が異なる場合には、4週間の平均値をとります。
月給の場合
月給額を「1か月の所定労働時間」で割ったものが賃金単価です。
ただし、多くの会社では、「1か月の所定労働時間」といっても月によって変動するのが通常かと思います。
たとえば、「土日祝日」が休日とされている会社なら、月によって出勤日数が18日だったり22日だったりするはずです。
そこで、この場合には、1年間の合計所定労働時間を計算したうえで、それを12で割って「1か月当たりの平均値」を出します。
例えば、1日の所定労働時間が7時間で、2023年の所定労働日が242日(土日祝+年末年始+お盆が休みという会社なら、だいたいこのくらいの日数になることが多い)なのであれば、年間の所定労働時間の合計は、7時間 × 242日 =1694時間 となります。
そこでこれを12で割りますと、
1694時間 ÷ 12=141.16時間
となります。
したがって、2023年の「1か月当たりの所定労働時間」は、平均すると141.16時間だということが分かります。
これを踏まえて、「1時間あたりいくら」を計算しますので、たとえば月給(残業代を除いた基本給など)が30万だとすると、
300,000円 ÷ 141.16時間 =2125円 となります。
月給制の場合には若干計算の手間がかかりますが、要するに「1時間あたりいくらなのか」を求めているという点では、時給制でも日給制でも月給制でも、やっていることは同じです。
年俸の場合
年俸額を、年間の所定労働時間で割ったものが賃金単価です。
年間の所定労働時間が1694時間で、年俸が500万円なのであれば、
5,000,000円 ÷ 1694時間 = 2952円 となります。
歩合給・出来高給などの場合の賃金単価
(2)労働によって生み出された結果・成果を基準に賃金を決めるもの とは、例えば契約件数・契約高に応じて定められる営業社員の歩合給(ぶあいきゅう)や、売上額の一定割合と定められたタクシーやトラックの運転手の出来高給(できだかきゅう)を指します。
これらの賃金単価を求める場合は、「所定労働時間」ではなく「総労働時間」で割ります。
抽象的に書くと分かりづらいので、具体例で説明しましょう。
ある製品を作る仕事をしている方の賃金が、「1個商品を作るごとに1万円」と決められているとします。
その方が、ある月に、40個の商品を作りました。
その月の賃金は1万円×40で40万円となりますね。
ところで、その方はその月に合計200時間働いたとします。
そうすると、この場合の賃金単価は、40万円÷200時間=2000円 となるわけです。
「なんだ、簡単じゃないか」と思われましたか?
実は、この計算のポイントは、「200時間」には、所定労働時間だけでなく残業時間も含んだ、その月のトータルの労働時間(総労働時間)だというところです。
この総労働時間は残業の多い少ないによって月ごとに変動することが多いでしょうから、賃金単価も月ごとに変動することになります。
固定給+歩合給etcの場合
営業職などであれば、「基本給」として毎月一定額の金額と、営業成績に応じて変動する「歩合給」などの組み合わせで給料を受け取っている方も多いことと思います。
このような場合には、「基本給」の部分については所定労働時間で割って賃金単価を出し、「歩合給」の部分については総労働時間で割って賃金単価を出すことになります。
割増賃金の算定の基礎となる賃金
ところで、ここまでの説明で、「月給額」とか「年俸額」などという言葉を使ってきましたが、実際の計算では、ここでいう「月給額」や「年俸額」には何が含まれるのか?も正確に理解しておく必要があります。
たとえば、基本給のほかに「役職手当」「業務手当」などの名称で賃金(給料)が支給されている場合、これらの手当は「月給額」に含まれるのでしょうか?
つまり、「割増賃金の基礎となる賃金(基礎賃金)には何が含まれ、何が含まれないのか」という問題です。
これに関しては、労働基準法37条5項・労働基準法施行規則21条に定めがあり、以下の7つは「割増賃金の基礎となる賃金」には含まれない(基礎賃金から除外されるため「除外賃金」と呼ぶことがあります)ことになっています。
① 家族手当
② 通勤手当
③ 別居手当
④ 子女教育手当
⑤ 住宅手当
⑥ 臨時に支払われた賃金(たとえば結婚手当)
⑦ 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(たとえば賞与)
除外賃金に関しては、注意点が2つあります。
1つめは、以上の7つは「例示」ではなく、「限定的に列挙」されているものだということです。
つまり、基礎賃金から除外できるのは以上の7種類に限られており、それ以外のものはすべて基礎賃金に算入しなければなりません。
2つめは、以上の7つの除外賃金のいずれかに当たるかどうかは、実質的に判断されるということです。単にそのような名前を付けていればよいというものではありません。(ここでは、実際に問題になることの多い「家族手当」「通勤手当」「住宅手当」「臨時に支払われた賃金」について説明します。)
「家族手当」とは、扶養家族数またはこれを基礎とする家族手当額を基準として算出する手当をいいます。たとえば、扶養家族の人数にかかわらず一律に月額1万5000円を支給されるような場合はこれに当たりません。
「通勤手当」とは、労働者の通勤距離または通勤に要する実際の費用に応じて支給される手当をいいます。たとえば、「6か月通勤定期券の金額に応じて費用を支給する」場合には除外賃金となりますが、通勤に要する費用や通勤距離にかかわらず、一律に「1日300円」などと支給される場合には、通勤手当と名前がついていても除外賃金とはなりません。
「住宅手当」とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当です。たとえば、「賃貸住宅居住者には家賃の一定割合、持ち家居住者にはローン月額の一定割合を支給する」という場合には除外賃金となりますが、「賃貸住宅居住者には月額2万円、持ち家居住者には月額1万円」などと支給する場合には除外賃金とはなりません。
「臨時に支払われた賃金」とは、①「臨時的・突発的事由にもとづいて支払われたもの」、及び、②「結婚手当など支給条件はあらかじめ確定されているが、支給事由の発生が不確定であり、かつ非常に稀(まれ)に発生するもの」とするのが行政解釈で(昭和22年9月13日基発17号)、典型例として、結婚や子どもの出生に対する祝い金、病気見舞金などが挙げられます。なお、1か月の出勤成績の良好な者に支払われる「精勤手当」や「皆勤手当」、無事故の運転手に対して支払われる「無事故手当」について、使用者側から「臨時に支払われた賃金」にあたると主張されることがありますが、定額で常時支払われるような実態となっている場合には、ここでいう「臨時に支払われた賃金」にはあたりません。
まとめ
以上、今回は、残業代計算の出発点である「賃金単価」の計算方法について、基本的な考え方を解説しました。
計算式で示されると意味が分かりづらくても、「そもそも何のためにそういう計算をするのか」というところから考えていただければ、理解しやすくなるだろうと思います。
執筆者情報
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。