執筆者 弁護士 友弘克幸(大阪弁護士会所属/西宮原法律事務所)
主な相談先は4種類
残業代が出ないことについて、どこに相談すればよいか、迷われる方も多いようです。
今回は、主な相談先(以下の4種類)と、それぞれの特徴について解説します。
① 労働基準監督署
② 総合労働相談センター
③ 労働組合
④ 弁護士
労働基準監督署
残業代の不払いは労働基準法(労基法)違反です。
したがって、「残業代が出ない」場合には、労基法違反を取り締まる労働基準監督署に申告するという方法が考えられます。(なお、一般に、労働基準監督署のことを「労基(ろうき)」または「労基署(ろうきしょ)」と略称することもあります。)
労働基準監督署で働いている「労働基準監督官(ろうどうきじゅんかんとくかん)」には、臨検、帳簿や書類の提出要求、使用者に対する尋問などの権限が与えられており(101条1項)、「残業代が出ない」という場合には、労働者は、労働基準監督官に対して「申告」(104条1項)をすることができます。なお、申告に費用はかかりません。
厚生労働省は、労働基準監督署が監督指導を行った結果、令和3年度(令和3年4月から令和4年3月まで)に不払いだった割増賃金が支払われたもののうち「支払額が1企業で合計100万円以上となった事案」のとりまとめ結果を以下の通り公表しています。
【令和3年度の監督指導による賃金不払残業の是正結果のポイント】
(1) | 是正企業数 | 1,069 企業 |
うち、1,000万円以上の割増賃金を支払ったのは、115 企業 | ||
(2) | 対象労働者数 | 6万 4,968 人 |
(3) | 支払われた割増賃金合計額 | 65 億 781 万円 |
(4) | 支払われた割増賃金の平均額は、1 企業当たり 609 万円、労働者 1 人当たり 10 万円 |
(出典:厚生労働省ホームページ「監督指導による賃金不払残業の是正結果(令和3年度)」)
ただし、残念ながら、労働基準監督署への申告によっても解決しないケースや、労働基準監督署への申告ではなく裁判所での手続きをとるほうが良いケースも多くあります。
詳しくは、別の記事に書きましたので、ご参照ください。
総合労働相談センター
総合労働相談センターは、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づいて厚生労働省が設置している相談窓口です。
都道府県労働局、各労働基準監督署内、駅近隣の建物など全国379か所(令和4年4月1日現在)に設置されています。
残業代だけでなく、「いじめ・嫌がらせ」など、あらゆる労働問題に関する相談に乗ってもらえるのが特徴です。
費用は無料となっています。
公表された統計資料によれば、令和3年度の相談件数は124万件以上で、14年連続で100万件を超えているとのことです。(出典:厚生労働省「令和3年度個別労働紛争解決制度の施行状況」)
会社側と話し合いをしたい場合には、紛争調整委員会による「あっせん」の手続きを利用することができます。もっとも、「あっせん」については、そもそも会社側に出頭する義務がないため、会社側が応じなければ打ち切りとなります。また、会社側が出頭したとしても、内容面でお互いが同意できなければ、やはり打ち切りとなります。
つまり、「あっせん」には使用者に対する強制力がないため、多くの場合、紛争の解決手段としては実効性に欠けると言わざるを得ません。
労働組合
「残業代が出ない」場合には、労働組合に相談するという方法もあります。
労働組合というと企業別に結成されるものと思いがちですが、実際には、企業の枠を超えて労働者を組織する労働組合も多数存在します。「合同労組(ごうどうろうそ)」や、「コミュニティ・ユニオン」「地域ユニオン」などと呼ばれる労働組合がそれです。
多くの労働組合は、残業代の問題に限らず、日々、組合員の職場環境をより良いものにするため、会社と交渉するなど、様々な活動をしています。このため、労働組合に加入すれば、「残業代の紛争が解決したら終わり」ではなく、組合員でいる限り、その後も継続的に様々な相談に乗ってもらうことができます。したがって、特に「その職場には今後も長く勤務したい」と考えている場合には、適切な相談先といえるでしょう。
なお、労働組合に加入した場合には、通常、その労働組合が定めている金額の「組合費」を納めることが必要となります。
「どこの労働組合に相談したらよいか分からない」という場合には、労働組合の全国組織である連合(れんごう)・全労連(ぜんろうれん)・全労協(ぜんろうきょう)などの相談窓口に相談してみるという方法もあります。
弁護士(法律事務所)
弁護士は、法律や裁判の専門家です。
「残業代が出ない」問題について、他の方法をとっても解決しない場合には、最終的には、労働審判や裁判(訴訟)を起こして解決する必要があります。
弁護士の最大の強みは、労働審判・裁判(訴訟)に関する知識や経験を踏まえて、裁判所に提出する証拠として何が必要か、労働審判・裁判(訴訟)となった場合にはどのような点が争点となるか、といったことを分析した上で、事案に即した適切な対策を立てることができることです。
なお、弁護士の事務所を「法律事務所」といいいますが(弁護士法20条1項)、「法律事務所」という名称を用いることができるのは「弁護士」または「弁護士法人」に限られています(弁護士法74条1項)。
迷ったら弁護士に相談を
以上、主な相談先を4つ挙げてきましたが、「結局どこが良いのか分からない」と思われた方もいるかもしれません。
自分が弁護士だからというわけではありませんが、迷ったら、弁護士にご相談いただくのが良いと思います。
というのも、未払いの残業代を強制的に支払わせる「最後の手段」は、労働審判や裁判(訴訟)などの裁判所の手続きです。このため、弁護士は、「他の相談先で相談したけれども解決しなかった(ので労働審判・裁判をしたい)」というご相談を聞くこともよくあります。
弁護士は、そのような過去の相談事例も踏まえて、「どの相談先に相談すれば問題が解決しそうか」ということも含めてご相談に乗ることができますので、「迷ったら弁護士に相談」していただければと思います。
執筆者情報
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。