執筆者 弁護士 友弘克幸(西宮原法律事務所)
【大阪弁護士会所属。「残業代請求専門サイト」を運営しています。】
証拠はなぜ必要なのか?
未払い残業代を請求するために裁判や労働審判を申し立てるときは、労働者側で「残業していたこと」を立証(証明)する必要があるというのが大原則です。
もちろん、こちらで証明するまでもなく会社側がこちらの主張する事実をすべて認めてくれればよいのですが、現実にはそのようなことは期待できません。
したがって、未払い残業代請求では、できる限り良質な証拠を集めることが勝つためのカギになります。
今回は、どのようなものが証拠となるのか、代表的なものを紹介したいと思います。
なお、以下に紹介するのはあくまで代表的・典型的な証拠であり、このような証拠がなければ絶対に勝てない、というわけものではありません。また、同じ証拠であっても、その有効性がどのように評価されるかは事案ごとの具体的な事情によって異なる場合がありますので、その点はご留意ください。
労働時間を記録する目的で作成された資料
・タイムカード
・労働時間管理ソフトの記録
そもそも使用者には、労働者の労働時間を正しく把握し、管理する義務があります。
多少なりともこのことを意識している使用者であれば、何らかの形で労働時間を把握し、記録するための書類やデータを作成していることが多いでしょう。
典型的なものが「タイムカード」ですが、最近はIT技術が普及し、パソコンソフトなどを用いて労働時間を管理しているケースもあります。
これらの記録は客観性が高いため、一般的には証拠としての価値も高いといえます。
業務上、別の目的のために作成された資料・データ
・シフト表
・業務日報、週報
・従業員どうしのLINEグループ内でのやりとり
・パソコンのログのデータ
・電子メールの送信時刻
職場では、業務を円滑・確実に進める目的(職場内の情報共有など)のために書類が作成されたり、後日の業務上の必要に備えてデータが残されることがあります。
たとえば、営業時間が長い店舗営業などの場合、「シフト表」が作成されるのが一般的です。
また、使用者が労働者に命じて、「業務日報」、「週報」といった書類を定期的に作成・提出させているケースがあります。最近では、従業員どうしでLINEグループを使ってやりとりしているところも多くあります。
労働者がパソコンを使って業務を行なっている場合、そのパソコンのログイン・ログオフ記録から、パソコンの起動時間が判明します。取引先などに業務に関するメールを社内のパソコンから送信していれば、その時刻に職場で仕事をしていたことが分かります。
これらの書類やデータは、必ずしも労働者の労働時間を把握・記録する目的で作成・保存されているわけではなくても、その記載次第で、労働時間の証明に役立つケースがあります。
【パソコンのログのデータをもとに労働時間を認定した裁判例】
東京地裁令和元年6月28日判決・労経速2409号3頁(大作商事事件)など
【電子メールの送信時刻をもとに労働時間を認定した裁判例】
東京地裁平成30年3月28日判決・労経速2357号14頁(クロスインデックス事件)など
第三者が記録・保存している資料・データ
・ビル管理会社の入退館記録
・警備会社のデータ
労使関係の当事者ではない第三者のもとにある資料・データが役に立つ場合もあります。
たとえば、職場が入居しているビルの管理会社の入退館記録や、会社が契約している警備会社が残している入退室データなどです。記録としての客観性が高いため、証拠としての価値も高いといえます。
ただし、これらは労働時間の把握の目的で作成・保存されているものではないため、一定期間が経過すると消去されてしまうことが多いのが難点です。したがって、このような記録がある場合には、できるだけ早く証拠を確保する必要があります。
労働者側の手元にある資料
・給与明細書
・労働者のメモ
給与明細書に、所定外労働時間の時間数などが記載されている場合もあります。この場合には、1日ごとの始業時刻・終業時刻までは分からないものの、平均的な残業時間を推計するのには役立ちます。また、使用者に対して、給与明細書の労働時間数がどのような資料に基づいて集計されたのかを明らかにさせることで、使用者の手元にある資料を提出させる手がかりにもなります。
労働者が自分の労働時間を手帳などにメモしている場合もあります。この場合には、単にメモがあればそれでよいというものではないことに注意が必要です。メモを作成するようになった理由や動機、ほかの証拠との整合性などから、裁判官に「メモの内容は信用できる」と納得してもらうことが重要になります。
運送業の場合
・タコグラフ
タクシーやトラックの運転手の場合には、タコグラフ(運行記録計)の記録が有力な証拠となります。
バスと一定地域のタクシー、最大積載量4トン以上などの要件を満たすトラックには、「運行記録計」の設置と、その記録の1年間の保存が義務づけられています(旅客自動車運送事業運輸規則26条、貨物自動車運送事業輸送安全規則9条)。
かつてはアナログ方式(円形のチャート紙に記録する)が一般でしたが、最近ではデジタルタコグラフ(デジタコ)を導入するところが多くなっているようです。
これらは運転の時刻・速度などが自動的に記録されているため、運送業の残業代請求事件では重要な証拠となります。
まとめ
未払い残業代請求の証拠としてはどのようなものが役に立つのか、代表的なものを紹介しました。
ただし、以上に紹介したのはあくまで代表的・典型的な証拠であり、このような証拠がなければ絶対に勝てない、というわけものではありませんし、また、同じ証拠であっても、その有効性がどのように評価されるかは事案ごとの具体的な事情によって異なる場合があります。
ご自身のケースでどのような証拠が必要なのかなどについては、弁護士にお気軽にご相談ください。
執筆者情報
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。