執筆者 弁護士 友弘克幸(大阪弁護士会所属/西宮原法律事務所)
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固定残業代そのものはただちに労基法違反ではない
「固定残業代(制)」とは、その名の通り、毎月、残業代として固定された額(決まった金額)を支給するという仕組み、あるいは、そのような仕組みのもとで残業代として支給される賃金そのもののことを指します。
残業代(割増賃金)は、本来、実際の残業時間に応じて1分単位で計算すべきものですから(詳しくはこちら)、通常は月ごとに異なった金額となるはずです。つまり、残業時間が長くなれば金額も多くなり、残業時間が少なくなれば金額は少なくなる、というのが本来の姿です。
ところが、固定残業代は、実際の残業時間にかかわらず毎月同じ金額が支給されるため、そもそもそのような支給方法が許されるのか?という問題があります。
結論から言えば、そのような支給方法をとることそれ自体が、ただちに労基法違反ということにはなりません。
最高裁判所も、労基法37条は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定に定められた方法により算定された額を「下回らない額」の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるとし、したがって、「労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない」としています(平成29年7月7日判決・医療法人社団康心会事件)。
固定残業代は労働契約の内容になっているか?
上記のように、固定残業代そのものは、残業代の支給方法として違法ではないとされています。
にもかかわらず、実際の残業代請求の場面では、しばしば固定残業代をめぐって争いが生じます。
たとえば、毎月25万円が賃金として支給されていたというケースで、労働者側は残業代がまったく支払われていないと考えて請求したとします。
これに対して、使用者は「25万円のうち5万円は固定残業代として支払われていたものだ」と主張し、労働者側は「25万円全額が通常の賃金として支払われたものだ」と反論する、といった具合です。
このような場合、使用者側の主張が認められるためには、前提として、25万円のうち5万円を残業代として支払う、ということが労働契約の内容になっている必要があります。
賃金の一部について、労働契約書にも就業規則にも残業代であるとの記載がなく、労働者に対してそのような説明がされたこともない、というようなケースであれば、「そもそも固定残業代は労働契約の内容となっていない」と判断される可能性があります。
固定残業代の有効要件
賃金の一部を固定残業代として支払うことが労働契約の内容になっていると言える場合であっても、さらに、その「有効性」が争点となります。
固定残業代が有効とされるためには、一般に、①判別可能性(明確区分性)、②対価性 という2つの要件を満たす必要があると考えられています。
判別可能性(明確区分性)の要件とは
固定残業代が有効であるためには、第一に、残業代(割増賃金)の部分と、それ以外の「通常の労働時間の賃金」の部分とが判別できることが必要です(最高裁平成29年7月7日判決・医療法人社団康心会事件など)。
上記の例で言えば、25万円のうち「5万円」について、他の20万円とはきちんと区別できることが必要になります。
残業代(割増賃金)の部分と「通常の労働時間の賃金」とが区別できなければ、そもそも法律で義務づけられた金額の割増賃金が支払われたのかどうかが検証できなくなってしまうため、判別可能性(明確区分性)は労基法37条の趣旨からして当然の要件であるといえます。
対価性の要件とは
支給された賃金の一部が割増賃金であると言えるためには、その賃金の実質的な趣旨が、時間外労働などに対する対価の性質を有すると言えることが必要です。
時間外労働に対する対価として支払われているものかどうかは、雇用契約書などの記載のほか、具体的事案に応じて、使用者の労働者に対する説明の内容、労働者の実際の労働時間などの勤務状況などを踏まえて判断されます(最高裁平成30年7月19日判決・日本ケミカル事件)。
さらに、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、賃金体系全体における当該手当の位置づけなどにも留意して検討しなければならないとされています(最高裁令和2年3月30日判決・国際自動車(第二次上告)事件)。
したがって、形式的には「⚪⚪手当(時間外労働⚪時間相当分)」などとされていても、実質的に見て、「時間外労働に対する補償」以外の性格(たとえば職責や成果に対する対価)を含んでいるような場合には、対価性が否定され、固定残業代としての有効性が否定される場合があります。
固定残業代の定めが無効とされた裁判例
固定残業代の定めが無効と判断された近時の裁判例として、東京地裁令和5年3月29日判決(労働経済判例速報2536号28頁)があります。
トラック運転手による残業代請求の事案で、「基本給」を超える金額の「残業手当」が支給されていたという事案です。
判決によれば、原告の入社当初の平成28年3月時点では「基本給」12万円と「残業手当」12万円が支給されており、その後、「残業手当」だけが17万円→22万円→24万円→26万円と増額されました。
裁判所は、(入社時の「残業手当」について)「仮に基本給のみが基礎賃金であるとすると、当時の(都道府県別)最低賃金を100円以上下回ることになる」「雇用契約書や労働条件通知書が作成されておらず、被告会社が原告に対して『残業手当』名目の賃金についてどのような説明をしたのかも明らかでない」ことなどから、固定残業代の定めとして有効とは認められない、と判断しました。
そして、その後「残業手当」が増額された際にも、「残業手当」名目の賃金を固定残業代とする合意があったかどうか不明であるし、その点を措くとしても、「残業手当」名目の賃金は時間外労働に対する対価性を欠いているなどとして、増額後の「残業手当」も固定残業代の定めとして有効とは認められない、と判断しています。
最後に
固定残業代については、理論的にはまだ十分な検討がなされていない面があるものの、近年、立て続けにいくつかの最高裁判決が出たことによって、ある程度考え方が整理されてきました(※)。
固定残業代について疑問がある場合には、弁護士に相談されることをお勧めします。
※ なお、岩佐圭祐裁判官による「いわゆる『固定残業代』の有効性をめぐる諸問題」(判例タイムズ1509号37頁・2023年8月)では、理論・訴訟実務の面から固定残業代について全般的な検討がなされており、参考になります。
執筆者情報
弁護士 友弘 克幸(ともひろ かつゆき)
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。