執筆者 弁護士 友弘克幸(西宮原法律事務所)
【大阪弁護士会所属。「残業代請求専門サイト」を運営しています。】
残業代に関して、新しい最高裁判例が出されましたのでご紹介します。
最高裁判所第二小法廷(草野耕一裁判長)の令和5年3月10日判決・労経速2516号3頁(熊本総合運輸事件)です。
判決文そのものは最高裁判所のホームページで公開されています。
トラック運転手として働いていた上告人(X)が、会社(Y)に対して、時間外労働・休日労働・深夜労働に対する賃金と付加金の支払いを求めた事案です。
なお、Xは平成24年2月頃にYに雇用され、平成29年12月25日に退職しています。
この裁判でXは、平成27年12月から平成29年12月までの時間外労働等に対する賃金(いわゆる残業代)と付加金の支払いを求めたようです。
この会社では、Xが雇い入れられた当時は、次のような賃金体系(旧給与体系)によって運転手の賃金を支給していました。
【旧給与体系】
1.日々の業務内容等に応じて月ごとの賃金総額を決定する。
2.「1」で決定された賃金総額から、「基本給」と「基本歩合給」を差し引いた額を時間外手当とする。
ところが、平成27年5月に、労働基準監督署から「適正な労働時間の管理を行うよう」指導を受けたことをきっかけに就業規則を変更し、賃金体系も次のように改めました(新賃金体系)。なお、判決文によると、新賃金体系の導入にあたって、YがXら従業員に対して調整手当の導入などについて「一応の説明をした」のに対して、従業員側からは特に異論は出なかったと認定されています。
【新賃金体系】
1.「基本給」は、本人の経験、年齢、技能等を考慮して各人別に決定した額を支給する。
2.「基本歩合給」は、運転手に対し1日500円とし、実出勤した日数分を支給する。
3.「勤続手当」は、出勤1日につき、勤続年数に応じて200円~1000円を支給する。
4.残業手当、深夜割増手当、休日割増手当(以下「本件時間外手当」という。※1)と「調整手当」(※2)から成る割増賃金(以下「本件割増賃金」という。※3)を支給する。
※1 本件時間外手当の金額は、基本給(1)、基本歩合給(2)、勤続手当(3)等(以下「基本給」等という。)を通常の労働時間の賃金として、労働基準法37条などに定められた方法により算定した額である。
※2 「調整手当」の金額は、本件割増賃金の総額から本件時間外手当の額を差し引いた額である。
※3 本件割増賃金の総額は、【旧給与体系】と同様の方法により業務内容等に応じて決定される月ごとの賃金総額から基本給等の合計額を差し引いたものである。
【新給与体系】の中身は文章で書かれると非常にわかりづらいのですが、要は、次のようなプロセスを経て、各賃金項目の金額が決まることになります。
(1)まずはじめに日々の業務内容等に応じてその月の「賃金総額」を決定する。(ここは【旧給与体系】のときと同じ)
(2)賃金総額から、毎月の基本給(Xの場合は12万円)と、出勤日数×⚪円として計算される賃金(基本歩合給&勤続手当)を差し引いたものを「割増賃金」(本件割増賃金)とする。
(計算式)賃金総額-基本給等=本件割増賃金 ・・・・ここでは算定式Aと呼びます。
(3)基本給等の金額を通常の労働時間の賃金として、労基法37条などに当てはめ、残業手当、深夜割増手当および休日割増手当(「本件時間外手当」)を計算する。
(4)2で計算した「本件割増賃金」から、3で計算した「本件時間外手当」を差し引いたものを「調整手当」とする。
(計算式)本件割増賃金-本件時間外手当=調整手当 ・・・・ここでは算定式Bと呼びます。
(5)この結果、運転手には、「基本給等」と「本件割増賃金」(本件時間外手当+調整手当)が支給される形となる。
さて、このような【新賃金体系】のもとで、「本件割増賃金」(=本件時間外手当+調整手当)は、果たして労基法が求める割増賃金の支払いとして認められるのかどうか、というのが裁判のポイントです。
控訴審(福岡高等裁判所令和 4年1月21日判決)は、ざっくりいうと、次のように判断しました。
(ア)本件割増賃金のうち、「調整手当」は、そもそも時間外労働や深夜労働の「時間数に応じて」支給されていたとはいえないので、これは労基法37条の割増賃金として支払われたとはいえない。
(イ)いっぽう、本件割増賃金のうちの「本件時間外手当」については、時間外労働等の対価として支払われるものと認められるから、これは労基法37条の割増賃金の支払いにあたる。
これに対して最高裁は、控訴審の上記判断は間違いだ、と判断しました。
最高裁の判断のポイントとなる部分を引用します(下線は引用にあたって付したものです)。
”前記事実関係等によれば、新給与体系の下においては、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される本件割増賃金の総額のうち、基本給等を通常の労働時間の賃金として労働基準法37条等に定められた方法により算定された額が本件時間外手当の額となり、その余の額が調整手当の額となるから、本件時間外手当と調整手当とは、前者の額が定まることにより当然に後者の額が定まるという関係にあり、両者が区別されていることについては、本件割増賃金の内訳として計算上区別された数額に、それぞれ名称が付されているという以上の意味を見いだすことができない。
そうすると、本件時間外手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたものといえるか否かを検討するに当たっては、本件時間外手当と調整手当から成る本件割増賃金が、全体として時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かを問題とすべきこととなる。”
福岡高裁は、本件割増賃金を「調整手当」と「本件時間外手当」に分けて、上記(ア)(イ)のようにそれぞれ別々に検討しましたが、最高裁はその検討方法そのものが間違いだというわけです。
つまり、上記「算定式B」でみたように、「調整手当」の金額は、単に「本件割増賃金から本件時間外手当を差し引いて出た金額」に過ぎないのであって、それ自体に何らかの独自の根拠があって金額が決まるものではありません。本件割増賃金を支給するにあたって、会社側で、そのうち一部に「調整手当」、その残りにそれ以外の名前をつけているというだけで、両者の区別に実質的な意味合いは何もないというわけです。そうすると、「調整手当」と「本件時間外手当」を別々に検討する理由がなくなりますので、結局、おおもとの算定式Aに立ち返って、「本件割増賃金」が「全体として」、時間外労働等に対する対価といえるのかどうか、を検討しなければならない、というわけです。
最高裁は、続けて以下のように述べます。
”イ(ア)前記事実関係等によれば、被上告人は、労働基準監督署から適正な労働時間の管理を行うよう指導を受けたことを契機として新給与体系を導入するに当たり、賃金総額の算定については従前の取扱いを継続する一方で、旧給与体系の下において自身が通常の労働時間の賃金と位置付けていた基本歩合給の相当部分を新たに調整手当として支給するものとしたということができる。そうすると、旧給与体系の下においては、基本給及び基本歩合給のみが通常の労働時間の賃金であったとしても、上告人に係る通常の労働時間の賃金の額は、新給与体系の下における基本給等及び調整手当の合計に相当する額と大きく変わらない水準、具体的には1時間当たり平均1300~1400円程度であったことがうかがわれる(第1審判決別紙8参照)。一方、上記のような調整手当の導入の結果、新給与体系の下においては、基本給等のみが通常の労働時間の賃金であり本件割増賃金は時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、上告人に係る通常の労働時間の賃金の額は、前記2(3)の19か月間を通じ、1時間当たり平均約840円となり、旧給与体系の下における水準から大きく減少することとなる。”
これは何を言っているのかというと、【旧給与体系】のもとでは、Yは「基本給+基本歩合給」を「通常の労働時間の賃金」(労基法37条1項)と位置づけており、その具体的な金額は1時間あたり1300円~1400円程度となっていました。
ところが、【新給与体系】に移行した際、実質的にもとの「基本歩合給」の一部が「調整手当」に移された結果、仮にYが主張したように「基本給等」のみを「通常の労働時間の賃金」として位置づけた場合、1時間あたり約840円程度となってしまい、旧給与体系のときの水準から1時間あたりの金額が大幅に減少してしまう(このことは、労働者側にとって大きな不利益となる話です)ということです。
”また、上告人については、上記19か月間を通じ、1か月当たりの時間外労働等は平均80時間弱であるところ、これを前提として算定される本件時間外手当をも上回る水準の調整手当が支払われていることからすれば、本件割増賃金が時間外労働等に対する対価として支払われるものと仮定すると、実際の勤務状況に照らして想定し難い程度の長時間の時間外労働等を見込んだ過大な割増賃金が支払われる賃金体系が導入されたこととなる。”
これは、本件割増賃金の具体的な金額が、「時間外労働等に対する対価」というには金額があまりにも大きすぎて不自然だ、ということを指摘しているようです。
”しかるところ、新給与体系の導入に当たり、被上告人から上告人を含む労働者に対しては、基本給の増額や調整手当の導入等に関する一応の説明がされたにとどまり、基本歩合給の相当部分を調整手当として支給するものとされたことに伴い上記のような変化が生ずることについて、十分な説明がされたともうかがわれない。”
先に見たように、【新給与体系】の導入にあたっては、Yから従業員らに「一応の説明」がなされたことは認定されているのですが、まさに「一応の」説明どまりで、それが実際の賃金計算の場面でどのような影響を与えることになるのか、従業員らがきちんと理解できるだけの具体的な説明がなかった、ということも問題視されているようです。
” (イ) 以上によれば、新給与体系は、その実質において、時間外労働等の有無やその多寡と直接関係なく決定される賃金総額を超えて労働基準法37条の割増賃金が生じないようにすべく、旧給与体系の下においては通常の労働時間の賃金に当たる基本歩合給として支払われていた賃金の一部につき、名目のみを本件割増賃金に置き換えて支払うことを内容とする賃金体系であるというべきである。”
【新給与体系】では、外見上、賃金をいくつもの項目に分けてそれぞれに名称を付して、あらかじめ決められた計算方法でそれぞれの金額を算出しているように見えますが、最高裁にいわせれば、「結局、会社としては、残業の有無や残業時間の多い少ないとは関係なく決定される賃金総額の支給だけで済ませたい、ということなんでしょ?色々説明をつけてるけど、会社の意図はお見通しだからね」ということなんでしょうね。
”そうすると、本件割増賃金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われているものを含むとしても、通常の労働時間の賃金として支払われるべき部分をも相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。”
ウ そして、前記事実関係等を総合しても、本件割増賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかが明確になっているといった事情もうかがわれない以上、本件割増賃金につき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなるから、被上告人の上告人に対する本件割増賃金の支払により、同条の割増賃金が支払われたものということはできない。
エ したがって、被上告人の上告人に対する本件時間外手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたものとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。”
ということで、未払い賃金の金額などを審理しなおさせるため、事件を福岡高等裁判所に差し戻しました。
ある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものといえるか否か、という論点については、今回の判決文でも引用されているように日本ケミカル事件(最高裁第一小法廷平成30年7月19日判決)がリーディングケースなのですが、その規範への具体的な当てはめを示した最高裁判例として非常に重要なものと思われます。
また、国際自動車事件(最高裁令和2年3月30日判決)でも問題になりましたが、トラック運転手やタクシー運転手の賃金は、独特な計算で支給されている例も多く、判決が公表されていないケースや和解で終了しているケースも含めれば、割増賃金をめぐる紛争は非常に数多くあります。
今回の最高裁判決は、そういった業種における類似事案には特に重要な影響を与えるものと思われます。
執筆者情報
弁護士 友弘 克幸(ともひろ かつゆき)
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。