執筆者 弁護士 友弘克幸 (大阪弁護士会所属/西宮原法律事務所)
1年単位の変形労働時間制とは
1年単位の変形労働時間制とは、事業場の過半数代表との労使協定により、1か月を超え1年以内の一定期間を、平均して1週間の労働時間が40時間以内の範囲内において、特定の日または週において、1日8時間または1週40時間を超えて、労働させることができる制度です(労働基準法32条の4)。
適用の要件
①事業場の過半数代表との労使協定により変形労働時間制の実施を定めること
・1年単位の変形労働時間制を実施するためには、労使協定を締結する必要があります。
「1か月単位」の場合とは異なり、就業規則等によることはできません。
・なお、労使協定については所轄の労働基準監督署長への届出が必要ですが(労基法32条の4第4項による32条の2第2項の準用)、届出をしていなくてもそれらの効力が否定されるものではないと解釈されています。
・労使協定に定めるべき内容として、次の②から⑤の内容があります。
②対象労働者の範囲を定めること
変形労働時間制が適用される対象労働者の範囲は、労使協定においてできるだけ明確に定める必要があります(平成6年1月4日基発1号、平成11年3月31日基発168号)。
たとえば、「全従業員を対象とする」とか「正社員及び雇用契約期間が1年以上の契約社員を対象とする」などと明確に定めることが必要です。
なお、対象労働者の範囲そのものに関しては法律上の制限はありません。
③対象期間と起算日の定め
・対象期間は「1か月を超え1年以内の期間」なので、たとえば「3か月」とか「6か月」とすることも差し支えありません(労基法32条の4第1項2号)。
・変形期間については、起算日を明示しなければなりません(労働基準法施行規則12条の2)。
・たとえば、「令和5年4月1日から1年間」というように定めることが必要です。
④労働日及び労働日ごとの所定労働時間の特定
1か月単位の変形労働時間制と同様に、対象期間中の労働日及び各労働日の所定労働時間を事前に特定する必要があります(労基法32条の4第1項4号)。特定の方法としては、次の2つの方法が認められています。
(1)対象期間内の全日の労働日、所定労働時間をあらかじめ定める方法
はじめから、対象期間内の全ての労働日と労働時間を定めておく方法です。
2つの方法のうち、こちらが原則的な方法となります。
(2)対象期間を1か月以上の期間ごとに区分する方法
1年単位の変形労働時間制では対象期間が長期にわたることが見込まれるため、(1)の方法によることが困難な場合も考えられます。そこで、対象期間を1か月以上の期間で区分して、次の手順により労働日と所定労働時間を特定する方法も認められています(労基法32条の4第2項)
①最初の区分期間についてのみ、労使協定で労働日と各日の所定労働時間を特定する(なお、労基法89条1号に従い、始業・就業時刻は就業規則で明示する必要があります。)
②2番目以降の区分期間については、労使協定では労働日数と総所定労働時間のみを定めておき、具体的な労働日・労働日ごとの所定労働時間は、各期間の少なくとも30日前に、事業場の過半数を組織する労働組合または過半数代表者の同意を得た上で特定する(労基法施行規則12条の4第2項により、特定は書面によることが必要。)
なお、対象期間中の労働日・労働時間は以下の条件を満たすようにしなければなりません。
・対象期間内を平均して、1週間あたりの所定労働時間が40時間以内にしなければなりません(労基法32条の4第1項2号)。なお、この点は特定対象事業(特例対象事業についての解説はこちら)でも同じですので注意してください(労基法施行規則25条の2第4項)。
・1日の労働時間は10時間、1週間の労働時間は52時間が限度とされています(労基法32条の4第3項、労基法施行規則12条の4第4項)。
・連続して労働させることができる日数の限度は原則として6日です。ただし、「特定期間」(労基法32条の4第1項3号)を定めた場合には、連続12日を上限とすることができます(労基法32条の4第3項、労基法施行規則12条の4第5項)
・対象期間が3か月を超える場合には、以上の条件に加え、①対象期間内に設定できる所定労働日数は原則として1年あたり280日以内とすること(労基法施行規則12条の4第3項)、②対象期間内に週48時間を超える所定労働時間を設定するのは連続3週間以内とすること(労基法施行規則12条の4第4項1号)、③対象期間を起算日から3か月ごとに区切った各期間において、週48時間を超える所定労働時間を設定した週が合計3週以内であること(労基則12条の4第4項2号)、という制限も加わります。
⑤有効期限の定め
労使協定には有効期間を定める必要があります(労基法32条の4第1項5号、労基法施行規則12条の4第1項)。
なお、法律上、特に有効期間の上限は定められていませんが、通達では1年程度が「望ましい」とされています(平成6年1月4日基発第1号、平成11年3月31日基発168号)。
1年単位の変形労働時間制の適用が否定された裁判例
・引越運送事業A社事件(東京地裁立川支部令和5年8月9日判決・労経速2536号3頁)
執筆者情報
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。