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残業代をめぐる裁判例

定額残業代を新設した給与規程の変更を無効とした例

作成者:西宮原法律事務所

ビーラインロジ事件(東京地裁令和6年2月19日判決・労働経済判例速報2561号2頁)

【解説】

この事件は、トラック運転手として勤務していた原告5名が残業代の請求をした事件です。

事件の特徴として、残業代請求の対象期間(H28.10.11~H30.10.10)の途中、H29に被告会社が給与体系を変更し、「定額残業代」を支給するようになった点が挙げられます。

会社側の主張によれば、給与体系の変更により日給月給制を月給制に変更したほか、旧給与体系では給与が「基本給、職能給(変動)、愛車手当、無事故手当、皆勤手当、長距離・夜勤手当、特務手当、勤続給、職能給(固定)、職能調整給、調整給、役職手当、時間外職能給、通勤手当」という14項目から構成されていたのを、新給与体系では無事故手当等を廃止し、「基本給、愛車手当、定額残業代、通勤手当」を構成するというシンプルな形に改めたということのようです。

 

裁判の主な争点は大きく分けて2つあり、1つは旧給与体系についての争点、もう1つが新給与体系についての争点です。

第1の争点(旧給与体系についての争点)は、旧給与体系のもとで支給されていた「時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当、特務手当」が割増賃金として支給されたものなのか否かという点です。被告(会社)は、これらは「割増賃金として支給された」ものだと主張し、原告側は、これらは「割増賃金として支給されたものではないから、基礎賃金に算入されるべきだ」と主張しました。

裁判所は原告の主張を認めて「割増賃金として支給されたものではなく、基礎賃金に算入される」と判断しました。

(今回は、この第1の争点についての裁判所の判断の内容についてここではこれ以上詳しく紹介しません。)

 

今回取り上げるのは、第2の争点、すなわち「定額残業代を新設した新給与体系への変更が認められるか」に関する部分です。

 

【当事者】

・被告は一般貨物自動車運送事業等を営む株式会社。

・原告ら(5名)は、H28.10.11~H30.10.10 を含む期間、被告でトラック運転手として勤務した。

(訴訟ではこの期間中の残業代が請求されている。)

 

【時系列】

H25.1 被告は、この時点で在籍していた全正社員ドライバーの同意書を取得

H25.2.25~ 新たな給与体系(H25給与体系)により給与を支給

H25.4.1 就業規則を改定(H25就業規則)、各従業員に対して労働条件を通知

H27.3.1 被告、C株式会社と合併。同日付の就業規則・給与規程を施行(H27就業規則・給与規程)

※判決では、H27給与規程までの給与体系を「旧給与体系」と呼んでいる。

 

H29.3  被告、定額残業代を新設する新たな給与体系H29給与規程)への変更に関する説明会を実施。

→ 口頭または書面による同意を得た従業員から、新しい給与体系により給与を支給

H29.5~7頃 被告は新給与体系を反映した労働条件通知書兼労働契約書(H29労働契約書)を各従業員に提示。

原告らはH29労働契約書に署名押印した

 

原告のうち3名はH29.4.25支給分以降、残る2名はH29.7.25支給分以降、新給与体系による給与支給が開始されていた。

 

【原告らの請求・主張の要旨】

原告らは、H28.10.11~H30.10.10の残業代を請求。

給与体系の変更(H27給与規程→H29給与規程)は認められない。

H29給与規程で新設された「定額残業代」を基礎賃金から除外することは許されない。

 

【争点】

新給与体系への変更が認められるか。具体的には、

(1)旧給与体系から新給与体系への変更について、(原告らはH29労働契約書に署名押印しているが)原告らが自由な意思に基づいて同意をしたといえるか。

(2)H29給与規程の内容が原告らの労働条件になったと認められるか。

(H29給与規程の内容が「原告らの労働条件になった」と認められるためには、以下の要件が満たされることが必要である。)

・H27給与規程→H29給与規程への変更の合理性(労働契約法10条)

・H29給与規程の周知性

 

【判決要旨】

(1) 旧給与体系から新給与体系への変更について原告らが自由な意思に基づき同意をしたといえるかについて

旧給与体系は、平成25年就業規則及び従業員の同意により導入され、その内容は平成27年給与規程に承継されていたものであるところ、被告は、新給与体系が原告らの労働条件となった根拠として、原告らの新給与体系への変更に対する同意を主張している。このような就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁)

被告は、平成28年春頃に多数の従業員から給与計算が不明瞭であるとか残業単価が低額であるなどの指摘を受け、これを契機に旧給与体系の見直しを行い、新給与体系に変更することとしたものであり、新給与体系への変更に関する説明会において、従業員に対し、本件説明会資料を交付した上、残業単価が最低賃金を下回っているためこれを是正する必要があり、分かり易さの点から、日給月給制を月給制に改め、各種手当を廃止して基本的には基本給と定額残業代というシンプルな構成とすること、新給与体系の給与シミュレーションと旧給与体系の給与シミュレーションを比較すると新給与体系への変更後も旧給与体系における支給水準が維持される想定であること、過去の未払賃金を清算する予定であること等を説明したこと、原告らは当該新給与体系への変更に関する説明会に参加した後、口頭又は平成29年労働条件契約書に署名押印して被告に提出する方法により新給与体系への変更に同意したことが認められる

しかしながら、旧給与体系の時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当及び特務手当(固定又は変動)がいずれも基礎賃金に当たることは前記2で検討したとおりであるし、無事故手当は給与算定期間内において事故等を起こさなかった者に支給されるものであり(H27給与規程27条)、これは通常の労働時間又は労働日の賃金であって、除外賃金にも当たらない以上、基礎賃金に当たるものであったが、新給与体系への変更に関する説明会において被告が説明した旧給与体系の法的な問題点は最低賃金法違反のみであった。

本件説明会資料に記載された旧給与体系のシミュレーションにおいては、時間単価の算定に関し、特務手当、特別手当及び夜勤・長距離手当の支給はないものとされており、旧給与体系における時間単価の基礎賃金には無事故手当が算入されていなかったが、新給与体系への変更に関する説明会において何が時間単価の算定の基礎に含まれるかについての説明はなされておらず、無事故手当が基礎賃金に含まれていないことは本件説明会資料の「対象合計」欄記載の金額はいずれも「基本給」「職能給」「愛社手当」「皆勤手当」及び「調整給」欄記載の金額の合計額と一致するという検討を経て初めて読み取ることができる事実であり、被告従業員において、これらの手当が基礎賃金に含まれるべきか否かを認識することは困難であったといえる

旧給与体系と新給与体系を比較すると、時間単価については後者が前者の約69%から約81%の幅で減縮され、基礎賃金(平均)についても前者に比して後者は約3万円から約7万円の幅で減少していることが認められる。その結果、例えば、原告A5の平成29年6月度と同年8月度の給与明細書(書証略)を比較すると、いずれも所定労働時間168時間であって、時間外労働時間数も前者は70時間15分、後者は70時間と近似し、休出残業時間は前者が後者を上回っているにもかかわらず、総支給額は前者に比して後者が3万円以上少なくなっている。このような基礎賃金及び時間単価の減額幅からすれば、日給月給制から月給制に変更されたこと、基本給が増額されたこと、過去の残業の実情を踏まえて設定した定額残業代がされていることなど原告らに有利な変更点を合わせ考慮しても、新給与体系への変更は原告らにとって著しい不利益を含むものであったというべきである

(中略)

新給与体系への変更による不利益が前記のようなものであることを考慮すると、被告従業員が新給与体系の変更について自由な意思に基づいて同意したといえるためには、被告従業員が新給与体系の変更に関する同意に先立って、新給与体系への変更により労働基準法37条等が定める計算方法により時間単価を算定した時間単価が減少するという不利益が発生する可能性があることを認識し得たと認めることができることが必要であったというべきである

しかしながら、本件では、平成25年労働条件通知書の控えは原告らに交付されておらず、新給与体系への変更に関する説明会における説明内容、本件説明会資料の記載は前記のとおり旧給与体系における基礎賃金の範囲すら正確に把握することが困難であったと認められ、原告らが新給与体系の変更に同意した際、時間単価が旧給与体系に比して約69%から約81%の幅で減縮されるという不利益が発生することが認識し得たとは到底認められない。そうすると、原告らが自由な意思に基づいて新給与体系の変更に同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められない

以上によれば、新給与体系が原告らの同意により原告らの労働条件になったものと認めることはできない。

 

(2) 平成29年給与規程が原告らの労働条件になったと認められるかについて

使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則が定める労働条件が労働契約の内容になったと認められるためには、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らし、就業規則の変更が合理的なものであると認められる必要がある(労働契約法10条)。

平成29年給与規程への変更についてみると、分かり易い給与体系に改善する必要性があったことは否定できないが、旧給与体系における時間単価を労働契約法37条等が定める方法により算定した場合には最低賃金法違反の問題は発生せず、この点で新給与体系に変更する必要性があったとは認められない。そして、新給与体系に変更することによる従業員の不利益の内容及び程度は(中略)、時間単価が旧給与体系に比して約69%から約81%の幅で減縮するというものであり、新給与体系の変更に関する説明会は実施されているものの、原告らにおいて当該不利益の内容及び程度を十分に把握し得るだけの情報提供が行われたとは認め難い。これらの事情を考慮すると、平成29年給与規程への変更が合理的なものであったとは認められない

そうすると、周知性について検討するまでもなく、平成29年給与規程は原告らと被告との労働契約における労働条件になったものとは認められない。

(3) 上記(1)及び(2)によれば、新給与体系への変更は認められないから、その余について判断するまでもなく、定額残業代の支払をもって割増賃金の支払があったとはいえない

 

【補足】

会社は、新給与体系の内容は原告らとの労働契約の内容になっており、新給与体系では「定額残業代」として割増賃金を支払い済みであると主張しました。

これに対し、原告側は、「そもそも新給与体系は労働契約の内容になっていない、したがって、定額残業代の支払いは割増賃金の支払いとは評価できない」と主張しました。

判決によると、被告(会社)は平成29年4月支給分以降、新給与体系への変更について個別同意を得た従業員ごとに、旧給与体系から新給与体系に切り替えていったとされており、本件の原告5名は新給与体系を反映した契約書(H29労働契約書)に署名押印して会社に提出したと認定されています。

ですので、形式的に見れば、原告らは給与体系の変更を受け入れ、同意していたようにも見えます。

 

ところが、判決は、まず、旧給与体系と新給与体系の内容を比較検討し、給与体系の変更が「労働条件の不利益変更」にあたり、かつ、その不利益の程度も「著しい」としました。

具体的には、「時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当、特務手当」が基礎賃金に算入されるということを前提とすると、旧給与体系では原告らの1時間あたりの賃金単価の平均値が、最も金額の大きい原告では1622円、最も少ない原告でも1363円となるのに対し、新給与体系のもとで「定額残業代」を除いた部分を基礎賃金として賃金単価を算出すると、最も金額の大きい原告でも1225円、最も小さい原告では1107円で、旧給与体系時代と比べて大幅に減額となるというわけです。

 

そして、判決では、このように著しい不利益があるにもかかわらず、給与体系への変更についての被告会社の説明が十分でなかったこと、説明会の資料が必ずしもわかりやすいものでなかったことなどを指摘し、原告らが「自由な意思に基づいて新給与体系の変更に同意した」とは認められないと結論づけています

 

労働条件の変更をめぐっては、同意書や契約書への「署名押印」など、形式的に見れば労働者の「同意」があるように見える場合であっても、そのような外形的な労働者の同意だけでなく、労働条件の変更により労働者にもたらされる不利益の内容や程度、労働者がそのような行為(署名押印など)をするに至った経緯、労働者への情報提供など、具体的な事情に照らして、労働者の「自由な意思に基づく」同意があったといえるかどうかを(慎重に)判断すべきである、とするH28.2.19最高裁判決(山梨県民信用組合事件)が出され、実務にも大きな影響を与えています。

給与体系の変更は、その内容によっては残業代にも大きな影響を及ぼすことがあり、同じような働き方をしていても、請求できる残業代の金額が大幅に減額となるということもあり得ます。

本判決は、主に残業代の取扱いに大きな変動をもたらす給与体系の変更について、具体的な事情を踏まえて、労働者の「同意」を否定した事例として注目されます。

 

執筆者情報

弁護士 友弘 克幸(ともひろ かつゆき)

1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。

大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。

以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。

2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。

2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。

2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。

また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。

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