執筆者 弁護士 友弘克幸(大阪弁護士会所属/西宮原法律事務所)
「管理職には残業代は出ない」と思われている理由
世間では、「管理職になると残業代が出ないのが当たり前」と思われているようですが、法律的には不正確です。
そもそも労働基準法の条文には、「管理職」という言葉はどこにも出てきません。
したがって、「管理職」と「そうでない人」について、残業代の計算方法に違いがあるなどという条文もありません。「管理職」も「そうでない人」も、会社に雇われている「労働者」(労基法9条)であるという以上は、同じ扱いです。
ただし、労働基準法41条2号は、「監督もしくは管理の地位にある者」(※)については「労働時間、休憩及び休日に関する規定を適用しない」と定めています。
(※ 言葉が長いので、一般的には「管理監督者(かんりかんとくしゃ)」と略称されています。)
この規定により、「管理監督者」に該当すると、「1日の労働時間は8時間まで、1週間の労働時間は40時間まで」と定めた労働基準法32条が適用されません。また、「毎週少なくとも1日の休日(法定休日)を与えなければならない」等と定めた労働基準法35条も適用されません。
このため、労働者が「管理監督者」に該当する場合には、使用者は、「1日8時間・週40時間」を超えて労働させても、法定休日に仕事をさせても差し支えなく、残業代を支払う義務もない、ということになります。
多くの会社では、「管理職」に昇進すると、この「管理監督者」にあたるという取り扱いにしているため、「管理職には残業代が出ない」と思われているのです。
「管理職=管理監督者」ではない
しかし、企業の中で「管理職」扱いされていても、必ずしも労基法上の「管理監督者」に当たるわけではありません。
というのは、法律上、「管理監督者」と認められるためには、かなり厳しい条件を満たす必要があるからです。
「管理職」と「管理監督者」とはイコールではないのです。
厚生労働省が示している労基法の解釈(行政解釈)では、管理監督者とは「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」を指すと解釈されており、それに当たるかどうかは、「名称にとらわれず、実態に即して判断すべき」とされています(昭和22年9月13日基発第17号、昭和63年3月14日基発150号)。
また、裁判所の判断(裁判例)では、おおむね次の3つの要素を考慮して、「管理監督者」に当たるかどうかが判断されています。
① 事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められているか
② 自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有しているか
③ 一般の従業員と比較して、その地位と権限にふさわしい賃金上の処遇が与えられているか
いかがでしょうか。
典型的な管理監督者とは、「経営者とともに会社の経営に参画し、いつ出勤・退勤するかが本人の裁量に委ねられていて、一般の従業員に比べて相当高い給料を受け取っている」ような労働者です。
管理職の中でもかなりの上位者、いってみれば「役員に近いような人」といってもよいくらいのイメージであることがお分かりいただけると思います。
実態として①~③の要素を十分に満たしていなければ、たとえ「部長」「店長」といった立派な肩書きをつけていたとしても、「管理監督者」に当たるとは認められないのです。
管理監督者性を否定した裁判例
「管理監督者にあたらない」と判断された裁判例は数多くあります。
・日本レストランシステム事件(東京地裁令和5年3月3日判決・労働経済判例速報2535号3頁)
・プレナス(ほっともっと元店長B)事件(大分地裁平成29年3月30日判決・労働判例1158号32頁)
管理監督者性を肯定した裁判例
管理監督者にあたると認めた裁判例はそれほど多くはありませんが、比較的最近の裁判例としては、以下のものがあります。
・セントラルスポーツ事件(京都地裁平成24年4月17日判決・労働判例1058号69頁)
アルバイトを除く従業員(約1200名~1300名)の中で、上位約4.1パーセントに位置付けられる「エリアディレクター」の一人として、担当エリア内の計5~6スポーツクラブの約40名(アルバイト142名を加えると約180名)の従業員を統括する地位にあった原告につき、人事上・労務管理の権限、経営事項への一定の関与、待遇(基本年俸額640万800円+業績給)が管理監督者でない従業員に比べて相当高額であること、出退勤に関する裁量が認められていたことなどの事情から、管理監督者にあたると判断した。
・土地家屋調査士法人ハル登記測量事務所事件(東京地裁令和4年3月23日判決・労経速2490号19頁)
土地家屋調査士法人の社員兼従業員であった原告について、①法人設立時からの社員であり、法人内では被告代表者に次ぐ地位にあったこと、②勤務時間中に仕事を抜けても減給や注意指導がされず、ある時期からは自らの裁量で休日出勤や代休の日を決めていたこと、③他の社員や従業員よりも大幅に高い報酬を得ていたことなどから、管理監督者にあたると判断した。
「管理監督者」にあたる場合でも深夜割増賃金は請求できる
なお、仮に「管理監督者」に該当すると判断されるケースであっても、全ての割増賃金が一切請求できないわけではありません。
「管理監督者」についても、使用者は、深夜・早朝(午後10時~午前5時)に就労させた場合には、深夜割増賃金を支払う義務があります(ことぶき事件・最高裁平成21年12月18日労働判例1000号5頁)。
「管理職だから残業代は出ない」と言われてもあきらめずご相談を
「管理職だから残業代は出ない」というのは正しくない、ということをお分かりいただけたと思います。
働く中で、ご自身の待遇に疑問を持ったときは、専門家である弁護士にお気軽にご相談いただきたいと思います。
執筆者情報
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。