執筆者 弁護士 友弘克幸 (大阪弁護士会所属/西宮原法律事務所)
労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下におかれている時間」
労基法では、労働時間の上限の原則を「週40時間、1日8時間」と定めています(労基法32条)。
そして、実際の労働時間(実労働時間)がそれを超える場合(時間外労働)や、実労働時間が法定休日に及んだ場合、そして深夜(午後10時~午前5時)に及んだ場合には、割増賃金の支払いを義務づけています(労基法37条1項、4項)。
では、割増賃金の対象となる「労働時間」には、どのような時間が含まれるのでしょうか。
例えば、始業時刻は午前9時となっているが、必ず毎朝午前8時55分から、職場で「朝礼」や「体操」をしているというケースで、これらの「朝礼」「体操」に参加している時間は「労働時間」に当たるのかどうか、という問題です。
最高裁の判例(三菱重工業長崎造船所事件・最高裁H12.3.9判決)では、労基法上の労働時間(実労働時間)とは、「労働者が使用者の指揮命令下におかれている時間をいう」とされています。
労働時間にあたるか否かは客観的に定まる
同じ最高裁判例では、さらに、「労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」とも判示されています。
重要なのは「客観的に定まる」という部分です。
つまり、使用者が「朝礼や体操の時間は労働時間には当たらないことにしよう」と言い、仮に労働者が「分かりました、それで結構です」と言ったとしても、結論には関係がないということです。
裁判所が、「この朝礼や体操は、客観的に見れば、業務のために事実上強制されているものだ。だから、朝礼や体操に参加している時間は『使用者の指揮命令下に置かれて』いることになるぞ!」と判断すれば、それは労働時間に当たるのです。
他方、裁判所の目から見て、「この職場では、朝礼・体操への参加はあくまで希望者のみが任意に参加しているし、不参加であっても何のペナルティ(制裁)もない。だからこれは『使用者の指揮命令下に置かれている』とは言えないな」と判断されれば、それは「労働時間には当たらない」ということになります。
使用者による明示・黙示の指示が必要
労働時間とは、労働者が労働契約の「債務の本旨」に従って労務を提供した時間ということになります。
そのような時間に当たるためには、第一に、使用者による明示または黙示の指示が必要とされます。
「明示の指示」というのは、はっきり明確な形で「これこれの業務をしなさい」と指示を出したような場合です。
「黙示の指示」というのは、そのような明確な指示は出していないものの、たとえば労働者が残業しているのを使用者が認識しながら異議を述べていないような場合をいいます。
業務性・職務性が必要
また、労働時間にあたるためには、労働者が従事した事柄に、一定の業務性・職務性があることも必要だと考えられています。
例えば、仕事とはまったく関係なく趣味でやっている日曜早朝の草野球で、たまたま会社の上司が監督をしており、部下である選手にサインを出しているような時間です。このような時間は、部下は使用者(上司)の指揮命令下に置かれてはいるのですが、やっている内容がおよそ業務・職務とは関係がないため、労働時間とは認められないというわけです。
ただし、参加が強制されていたり、参加しないと何らかの不利益があるような場合には、ここでいう業務性・職務性については、ある程度ゆるやかなものであっても認められる場合があります。例えば、会社行事の中には、内容そのものだけを見ると会社業務との関連性が薄いように見える場合もありますが、裁判官の執筆した書籍でも「会社業務との関連性が薄くても、使用者の明示又は黙示の指示に基づくことによって、その参加が事実上強制されているならば、労働時間性が認められる」(佐々木宗啓ほか編著「類型別労働関係訴訟の実務・改訂版Ⅰ」160頁)とされています。
労働時間にあたるかどうかが争われる具体例
未払い残業代請求の裁判では、ある時間が「労働時間」にあたるかどうかが争われることが多くあります。
どのような時間が「労働時間」にあたるのか知りたい方は、以下のリンク先をご覧ください。
執筆者情報
1979年大阪生まれ、京都大学法学部卒業。
大学在学中に司法試験に合格し、司法修習生を経て、2004年に弁護士登録(大阪弁護士会)。
以来、不当解雇・残業代請求など、主に労働者側で多数の労働事件を担当している。
2018年4月、労働調査会より「よくわかる未払い残業代請求のキホン」を出版。
2019年10月~2021年10月、大阪労働者弁護団の事務局長を務める。
2020年4月から5月にかけて、5回にわたり、朝日新聞の「コロナQ&A」コーナーにて、コロナウイルス感染症の感染拡大にともなって生じる労働問題に関してコメントが掲載された。
また、「労働法について多くの方に知ってもらいたい」との思いから、一般の方々、労働組合・社会保険労務士・大学生等に向けて、労働法や「働き方改革」について多数の講演を行っている。